それではどうすればいいのか。Cal はとても現実的な提案をします。
「自分は何が好きなんだろう? 自分は何をすべきか? などと外側に自分の情熱を求めることはやめるといい。なぜならそれが長い目でみてあなたのキャリア形成に役立つかは博打にすぎないからだ」
「そのかわり、いま実行可能な仕事のうち、最も興味を抱かせるものを選んで、その限られた範囲でスキルを身につける。するとそれが、次のステップを踏むためのレバレッジとなるんだ」
たとえば「自分はどんな卒論が書きたいのだろう」と足踏みばかりしている学生を見ることがあります。こうした学生は、とりあえず正しい道かわからないけれども作業に飛び込み、そのあとで軌道修正する学生に比べてたいてい遅れる傾向にあります。
ここで無理に「好きなことを」という縛りを与えずに、スキルと知識の形成を優先する。するとそのスキルが、次のレベルでより心の向かう先へといく自由を与えてくれるというわけです。
インターネット上でプチ評論家を気取れるのは、反撃を気にしない人だけだ。「そういうお前は何ができるの?」「どんなモノが作れるの?」という反論を受け流せる人だけだ。つまり覚悟のある人か、よっぽどのバカだけ。
情報が双方向になったことで、“消費者様”になることを躊躇する人が増えた。良いことか悪いことかは別として、批判的な意見を口に出しづらくなった。だからこそ“消費の時代”の価値観は死滅するようになり、“生産の時代”へと移行しつつあるのだ。
それは「専門知識を誰にも負けないように習得する」ということであってもいいし、「後輩を1人前に育て上げる」ことでもいい。「会社の利益を最大に出す」ことでもいいし、「新たな仕組みを作り出す」ことでもいい。
「自分がこうなりたい」という明確なイメージをもって、仕事にプラスアルファを加えて、自分の仕事にする努力。10年の間に、「自分が磨き上げたい」と願うものを、1日3時間でいいから徹底的に取り組めば、自分にしかできない能力を手に入れる可能性が高まると考えられないだろうか?